俊寛-後日談
俊寛は、そのまま島で自害したという説があります。
都から切り離された孤島で一人生きていくことは
出来ず、妻も殺されたのでは、もう生きる意味すら
見いだせなかったのでしょう。
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ところが、こんな小説があります。
菊池寛さんによる俊寛のその後です。
歌舞伎にはなってないと思うのですが、後日談
として見ていただけたらと思い書いてみました。
俊寛は一人取り残された後、絶望して死にかけますが
生きる本能が彼を助けます。
昏倒し幾度となく目を覚まし、その度に喉の乾きを
覚え周りを見回すも、周囲に水は見えない。
俊寛は、多分そのまま死んでしまいたかったでしょう。
そしてそのつもりだったかも知れません。
でも、喉の渇きと空腹は、人を思わぬ行動に駆り立てる
原動力なんですね。
俊寛は水を求め、泉を見つけます。
空腹のあまり木によじ登り木の実を取ってむさぼり喰った。
その様の浅ましさに自分を嘆いたりもした。
でも、島の美しい自然の中に一人身を置くことで、
徐々に俊寛は、生きる力を取り戻して行きます。
まず、三人で生活した小屋を焼き払い、自分で家を作り
海魚を捕る事に決めた。
さて、ところで島には土人が住んでいます。
彼らは所謂腰箕なんかを身につけているわけで、
ほとんど原始人と言っても良いでしょう。
都人の俊寛にとって、島の住人など猿のようなもの
だったので、彼らと共に、彼らの社会で生活していく
ことなんて夢にも思っていませんでした。
土人にしてみても、都人を嫌い、恐れていたので
三人で居たときには近寄らなかったが、俊寛一人に
なってからは恐れる事はなくなった。
俊寛が必死に生きる為に魚を捕り、失敗してはまた
挑戦する...という姿を見ては笑っていた。
俊寛は、食べる為、生きる為、俊寛は彼らに妻の形見
の布を売り、畑にまく種を土人から買った。
そうしている内に、都の人々への怨恨も消え、あまり
考えなくなっていった。
一度は死んだ俊寛が、「生きる」という原点に戻り
徐々にたくましくなっていった。
体が元気になると、いろんな事が前向きに
考えられるようになります。
ついには島の娘と恋に落ち、幸せに生きていく。
そんなお話だったと思います。
(細かな部分が違っていたらすみません)
帰属意識を捨て、もっと広く世界を見ることで
自分の存在価値を見いだした俊寛にとって、もはや
都は廃墟に等しかったでしょう。
そこに自分の居場所はもはや見いだせず、生きる場所
を自分の力で見つけた俊寛は、本当の自由を手に入れた
んですね。
私たちも、今の自分の心を解き放つ事で、もっと自由に
生きて行けるのかも知れませんね。
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