平家女護島
平家女護島は、通称「俊寛(しゅんかん)」と呼ばれて
いる狂言の本外題です。
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近松門左衛門による義太夫狂言で、以前ちょっとだけ
紹介した通り、黒子が贔屓の播磨屋・中村吉右衛門丈の
当たり役の一つでもあります。
物語の背景ですが、時代は平安末期で、平清盛が権勢を
誇っていた時代です。当時は平氏打倒のセクトも多々
あったようで、物語の主人公俊寛もその一人でした。
平安末期ということは、もうすぐ鎌倉幕府の時代に突入
する頃なわけで、つまりは平氏が滅びんとする...そんな
時代でもあったんですね。
俊寬僧都と呼ばれることからも解るように高僧でした。
同じ坊主でも法界坊や河内山とは全然違いますね。
辞書を見ると、後白河法皇の側近で法勝寺執行の地位に
あったとあります。1177年に平氏打倒のクーデターに参加
したたことがバレて、仲間の藤原成経・平康頼と一緒に
鬼界ヶ島に島流しにされるんです。
現在の鹿児島県にある喜界島のことなんですね。
この南国の孤島で、三人どんな暮らしをしていたのか...
お話はそこから始まります。
余談になりますが、この狂言はフランスで大好評だった
ようです。いかにも歌舞伎って狂言が受けると思って
いた当事者達もビックリしたようです。
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